28歳の挑戦を支え、一緒に勝ち取ったMTB JAPAN2連覇の道


いま、日本国内で無敵のMTB(マウンテンバイク)プロライダー、斉藤亮選手。2012年、2013年のMTB JAPANシリーズ総合2連覇。今年はそれだけでなく全7戦、すべて優勝という完全制覇をなしとげた。現在、国内敵なしの斉藤選手を支えているのは、専属トレーナーとして斉藤選手を診てきた藤原良次トレーナーだ。千葉県松戸市で「きりん鍼灸整骨院」を運営するかたわら、斉藤選手をはじめとするさまざまな日本のトップアスリートの心と身体のサポートを行っている。さらなる高みを目指す二人に、選手とトレーナーそれぞれの立場からのお話をうかがった。

クロスカントリースキーからMTBへ、28歳の転身

斉藤亮選手

MTBレースはその名の通り、舗装された道ではなく、山のオフロードを走るためにチューンナップした自転車により、冬季シーズンを除き、スキー場など特殊なコースでレースを行うスポーツだ。自転車によるクロスカントリーといえば分かりやすいだろうか。もちろんオリンピックでも人気種目のひとつで、ロンドンオリンピックでその迫力あるレース中継を見た人も多いだろう。

MTBのレースは、日本でも数多く行われているが、その最高峰のレースがMTB JAPANシリーズだ。5月の第1戦びわこ高島STAGEから10月の最終戦白山一里野大会までのJ1という最高グレードのレース全5戦と、次点のJ2グレードの戦績で年間優勝者が決まる。今年の2013シーズン、このMTB JAPANシリーズをすべて優勝、大会初の全勝で完全制覇したのが、斉藤亮選手だ。ミヤタメリダバイキングチームに所属するプロライダーで、昨年も国内年間チャンピオンを獲得し、2連覇。今や日本国内のMTB界で無敵の王者となった。

そんな斉藤選手だが、今年で33歳。現役のスポーツ選手としては、決して若い年齢だとはいえない。実はMTBの選手として参戦したのは2008年からで、当時すでに28歳という年齢だっだ。それ以前の彼は、ウィンタースポーツのクロスカントリースキーの世界で、日本代表として活躍していた一流スキーヤーだった。ノルディックのワールドカップや世界選手権で、輝かしい実績を上げ、2006年のトリノオリンピック日本代表はほぼ間違いない位置にいた。しかし、選考委員は斉藤選手の実績より、若手の可能性にかけてしまった。目の前にあったオリンピック代表の座を逃した彼は、2008年にその実力を見せつけるようにその年の国体で優勝したのを最後にスキーを脱ぎ、MTBの世界へと転身した。

一度、スキーで頂点を目指した選手が28歳で再び新たな世界で頂点を目指すのは大変なことだ。心身ともに過酷なチャレンジを始めた斉藤選手にとって、ひとつの大きな出会いがあった。地元長野で、ある一人のトレーナーを紹介されたのだ。それが長野のスキークラブの選手たちをサポートしていた藤原良次トレーナーだった。斉藤選手のアスリートスピリッツに感動した藤原トレーナーは、専属で斉藤選手をサポートすることを決意。ここから二人のチャレンジは始まった。

スキー板と自転車を操ることは似て非なるもの

MTBレース 斉藤亮選手

斉藤:スキー選手のとき冬はゲレンデで滑ることができますが、もちろん夏場は雪がありません。夏場のトレーニングとして自転車をとり入れていたので、MTBは乗り慣れていました。それにスキーもMTBも機材を使うスポーツで、その特性に合わせた走りをすることでタイムが違ってくる。どちらも操る人間の技術力がモノをいうという共通点があり、僕には向いていると思いました。しかし、雪の上で板を滑らせる力と岩山でペダルをこぐ力は、身体のバランスのとり方や筋肉の使い方がまるで違うんですね。それを克服するためには、まずクロスカントリースキーヤーの身体から、MTBライダーの身体に変えていかなくてはならない。そんな根本的な身体づくりのところから藤原コーチと相談しながら、試行錯誤で一緒にやってきましたね。

MTB選手の身体をケアするのは初めての経験

藤原良次トレーナー

藤原:斉藤選手と出会ったのは、私が長野のスキー選手たちをサポートしているときに、ある知り合いの人から紹介されたのが最初でした。「インサイドアウトスキークラブ」というところがスポーツトレーナーを探していて、そこに斉藤選手が所属していたのです。それまで何人かのスキー選手のトレーナーをしていた私は、もちろん斉藤選手の名前を知っていました。その頃、すでに彼はMTBのプロ選手に転向していて、地元のスキー選手とともにトレーニングに励んでいました。すでに日本のクロスカントリースキーのトップ選手としてつくり上げられていた身体は素晴らしく、一人でトレーニングしているいまでも、どれだけストイックに打ち込んでいるかは、身体をさわっただけですぐに分かるくらいですね。

いろいろ話しているうちに、MTBにかける彼の情熱を知り、私の中にも新たなやる気がわいてきました。それまでスキー選手の身体のケアには自信がありましたが、MTB選手はまったく初めてでした。ましてや身体が資本のプロ選手ですから不安も多くありましたが、自分も彼と一緒に勉強しようという気持ちで取り組みました。スキーについては自分も経験者なので、トレーナーとしての役割も理解していました。どういう筋肉をどのように使い、試合後どのようなダメージが残るのか。それをどのようにしてケアすればいいのか。また試合に備えての体調管理、当日のパフォーマンスを最大限に上げるためのノウハウなど、選手の個性に合わせてサポートするポイントまでも持っていました。

しかし、MTBの競技も選手の身体づくりに関してもまったく経験も知識もなく、私にとってもイチからのチャレンジとなりました。まず、MTBという競技について知識をつけるために、自分もこれに乗り、自らの身体で体験することが早道だと思い、自宅の近所でMTBに乗ることから始めました。そして、少しずつではありますがMTBの選手が登り道ではどこの筋肉をどう使うのか。下りのスピードを出すところでは、どんなバランス感覚が必要になるのか。MTB選手の身体の使い方を身をもって追体験することで、スキー選手との違いも分かるようになり、少しずつ斉藤選手が求めるトレーニングやケアができるようになったと思います。

プロの僕にとってトレーナーは大きな支えでした

プロの僕にとってトレーナーは大きな支え

斉藤:藤原トレーナーがMTBを体験してくれるのは、僕にとって心強かったですね。体験した人しか分からない微妙な感覚やニュアンスも理解してもらえ、より深く濃いトレーニングができるようになりました。また、よりスピードをつけるために体重を減らしたいと思っていた僕は、トレーナーと相談しながら3キロほど体重を落とし、ベスト体重を見つけることができました。一人で試行錯誤の努力をするのは孤独で辛い作業ですが、自分のがんばりや思いを常に見守り、チェックしてくれる人がいるのは大きな励みになります。

プロ選手は大会での結果がすべての評価につながります。たとえ、コンディションがベストではないまま大会に挑んでも、常に結果が求められます。ときにはトレーニング中にケガをしてしまうこともあります。アマチュアならケガを治して万全の体調になってから試合に出ようということも可能でしょうが、年間のポイントで争う僕たちの世界では、出場できなければ評価はゼロ。少しぐらいのケガや痛みで大切な試合を欠場することはできません。そんなときこそ、僕にとって藤原トレーナーの存在が大きく感じられます。試合から逆算して、少しでも体調を戻す方法を一緒に考えてくれる。鍼灸の技を駆使したり、酸素カプセルを使ったり、それによって劇的に回復し、次の試合に臨めたときもありました。

100%はムリでも、80%・90%にするのがトレーナーの仕事

80%・90%にするのがトレーナーの仕事

藤原:専属トレーナーといっても、毎日つきっきりで見られているわけではありません。いつもは彼が自分でトレーニングをこなしつくり上げてきた身体を、最後のチューンナップのところで私が確認する。彼はそれだけで十分ですね。それほど彼はプロ意識が強く、自分を律することができるアスリートです。しかし、アクシデントによるケガなどの緊急事態が起きたときは、私ががんばらなければと思っています。彼のケガや痛みを早く治したり、緩和させたりするのは私の仕事ですから。次の試合までに100%はムリでも、なんとか80%、90%の力に戻せるような努力をしています。

今年の彼は常に100%のコンディションではなかったのにJAPANシリーズを全勝することができました。1年間身体を診てきた僕にとっても、本当に嬉しいことだし、それ以上に彼のがんばりには頭が下がる思いですね。国内試合の間に何回か海外遠征がありましたが、そこに私は同行することができませんでした。すると日本に帰ってきたときに、成田から私の院がある千葉県の松戸市まで直行してくれるんですよ。試合後の身体のケアをするためにです。こういうこまめに自分の身体をケアしているところは本当にプロ意識が高いなと思いますね。

斉藤:僕らスポーツ選手はなんといっても身体が資本ですから。ひとつの試合が終わればそれでよいというわけではありません。試合が終わるということは、次の試合のスタートなのです。やはり試合が一番集中して力を使いますし、緊張もします。その疲れをとり除いてもらうことで、しっかりと次の試合に向けたスタートが切れるんです。ですから、成田から松戸はほんの少しの寄り道程度。身体のメンテナンスだけでなく、海外のレースで自分なりに気づいたこと、感じたことを記憶が鮮明なうちにまず藤原トレーナーに聞いてもらいたい、相談したいという思いも強いんですね。

今年、国内大会を全制覇することができたので、来年は本格的に海外のレースに参戦して自分の実力を試したいと思っています。33歳という年齢は、アスリートの体力的にはほぼ限界なのかもしれません。でも、僕らは常に前を向いて進化してきたと思います。藤原トレーナーがいる限り、僕の挑戦は続くし、次の高みにも行けるような気がしています。

28歳の転身でクロスカントリースキー日本代表の座から、まったく未知数だったMTBの世界へ。そして見事に日本王者へと登りつめた斉藤選手。そんな彼の挑戦を自分のことのように受け止め、ときには励まし、ときには悩み、一緒に走り続けてきた藤原トレーナー。その絆は、常にチャレンジすることを忘れない人間だけが分かりあえる信頼感で固く結ばれている。

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