5年後、10年後の日本代表を鍛え、磨く。


日本サッカー界の名門クラブ、東京ヴェルディのジュニアユースチーム。将来、日本を代表するプレイヤーを育成するために選ばれたサッカーエリートの中学生たちがここに集う。彼らの身体、心の両面にわたり、鍛え、指導するのが育成トレーナーの北山浩司氏だ。今はダイヤの原石のような彼らをいかに磨き、輝きを見出そうとしているのか。そんなスポーツトレーナーの仕事を取材した。

プロ選手はあこがれではなく、近い将来の目標にすぎない

北山浩司

現在、イングランドのマンチェスターユナイテッドで活躍する香川真司選手といえば、日本のサッカー少年のあこがれの選手の1人であるだろう。ウェイン・ルーニー、ロビン・ファン・ペルシといった世界的スーパースターとともにプレーし、今年はプレミアリーグ優勝を果たした。来年のブラジルワールドカップでは、日本の大黒柱として大きな期待がかけられている。そんな香川選手を単なるあこがれとしてではなく、自らの目標として目指しているサッカー少年たちがいる。

それが東京ヴェルディに所属するジュニアユースの選手たちだ。東京ヴェルディといえば、あの三浦知良選手、ラモス瑠偉選手、北澤豪選手など、Jリーグを代表するプレイヤーたちが数多く在籍していた名門クラブだ。ここでは将来の日本代表となるような選手の育成を小学生のうちからトータルに行っていて、小学生はジュニア、中学生になるとジュニアユース、そして高校生はユースと、年齢に合わせて3段階に組織されている。そして今回、ヒポクラテスが取材させていただいたのは、ジュニアユースチーム育成部トレーナーの北山浩司氏だ。

一般的に少年期の成長過程では、小学生から中学生への身体的変化はとても大きい。変声期で声が変わり、筋肉量が増え、急激に背が伸びる。サッカーの世界では、ジュニア時代にプレーしていた4号(直径20.5センチ)のボールが大人と同じ大きさの5号(直径22センチ)に変わり、サッカーコートも一気に倍の広さになり、試合時間も長くなる。ジュニアユースは、まさに本格的な大人のサッカーとほぼ同じ環境で行われ、それだけに将来への展望もはっきり見えてくる。

ジュニアユースで活躍した選手はユースチームに抜擢され、ユースからさらにトップチームへの道が拓けてくる。ここ東京ヴェルディのジュニアユースに所属している選手たちにとって、プロのサッカー選手は単なるあこがれではなく、5年後の具体的な目標なのだ。こうした特別な時期に、特別に選ばれた選手たちをトレーニングする仕事とはどういうものなのだろうか。どんな苦労があり、どんなやりがいがあるのか。日々の内容、具体的に気をつけていることなど、興味深い話を北山氏にうかがった。

発展途上の選手たちは千差万別。トレーナーの苦労もそこにある

発展途上の選手たちは千差万別

「トレーニングは週3回で、夜の6時半からスタートします。ジュニアユースは、中学1年生から3年生までいますが、練習では学年ごとに分かれて行います。まずフィジカルトレーニング、そしてボールコントロールの練習、最後に試合形式の練習をして8時半にクールダウンで終了です。選手たちは9時にクラブハウスの食堂で夕食をとり帰宅します。これがだいたい1日のスケジュールですね。私は昨年からこの東京ヴェルディでフィジカルトレーニングを中心に教えていますが、特に気をつけているのは、負荷をかけすぎてケガをさせないようにすること。この年代の子どもたちは、1歳違うだけで体格も運動能力もかなり差があります。1年生はまだ小学生のおもかげが残る子もいるし、3年生には高校生のような大人っぽい子もいる。こうした選手たちの身体を鍛え、ケアしていくには、1つのメニューではとてもムリ。選手1人ひとりの身体と体力の発達度合いに合わせて、きめ細かく見ていくことが何より重要なことですね」

身体はまだまだ未熟な中学生。ケガをさせないことが第一の仕事

身体はまだまだ未熟な中学生。ケガをさせないことが第一の仕事

北山氏がトレーナーとして活躍している東京ヴェルディのジュニアユースは、現在、中学1年生が19名、2年生が17名、そして3年生が18名で、合計54名が在籍しているが、この一員になるには、まず数十倍という厳しい競争に勝ち残らなければならない。そして次にはレギュラーの座をかけた仲間同士の戦いが待っている。試合に出ることができなければ次のステップもなく、この時点でプロへの夢は断たれてしまうのだ。それだけに、中学生とはいえ、選手たちも必死でレギュラー争いを繰り広げている。こうした選手たち1人ひとりを育成する北山氏はトレーナーならではの苦労があるという。

「ケガをさせないという大前提で選手を指導していますが、なかにはケガをしていることを隠し、痛みをこらえながら練習に参加してくる子もいます。自分が休めば、そのポジションを他の子に奪われてしまうのではという恐怖心から休みたくても休めないのですね。彼らの気持ちは分かりますが、それを見落とすとさらにケガが悪化してしまい、さらにはサッカー自体ができなくなってしまう危険性もあります。ですから、ウォーミングアップ時の子どもたちの様子は気を張ってチェックするように心がけています。走り方がぎこちなかったり、ボールコントロールが変だったりする子を発見すると、すぐに身体、痛みの状況などを本人に聞き、別メニューの練習に切り替えさせます。すでにケガをしている子には、リハビリ用のメニューを作り、グラウンド内でそれをさせるようにしています。身体的にはまだまだ未熟な子も多いので、ムリな練習だけはさせないこと。ジュニアユースのトレーナーとして、常に心がけていることです」

日常生活から普段の練習まで。自主性を育むための環境づくり。

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中学生といえば思春期の入り口で、心も大きく成長する時期だ。少年サッカーのように、母親が付き添ってわが子を見守るようなことはなくなる。ここ東京ヴェルディでも、サッカーを通じて自立した心を育てるメンタル面の育成にも力を注いでいる。

「小学校のときはサッカーが上手というだけで人気者になれ、周りも世話を焼いてくれる。しかし、ここでは違います。自分よりうまい子はいくらでもいるし、全日本クラスの選手たちも一緒に練習している。誰も特別視はしてくれないし、自分がしっかりしていなければすぐに置いていかれてしまうのです。特にジュニアユースの1年生は身体だけでなく心の成長の大事な時期で、すべてにおいて自立する心を養うことも、育成の重要なテーマとしています。具体的には、何でも自分でできるように指導します。自分たちの身の回りのことはもちろんのこと、練習用具の準備から後かたづけまで、すべての選手に参加させています。小学生のときは練習場まで家族の方に車で送り迎えしてもらっていた子でも、ジュニアユースに上がると、学校が終わったら、自分1人で電車に乗って練習場まで通っています。なかには友達と待ち合わせてやってくる子もいますが、それも彼らの自主性に任せています。試合になると、けっこう遠くまで遠征にいきますが、それも現場に何時集合というだけの取り決めで、初めての場所でも各自さまざまな方法でやってきますね。今はネットがあり、自分の家から現場までどうやって行けばいいのか、簡単に調べられるので、クラブとしてはいちいちレクチャーなどしません。それでもみんなきちんとやってくる。自分で調べたのか、友達に聞いたのか、とにかく子ども扱いをせず、1人のサッカー選手としての自覚を持たせることが重要なことだと思っています。まず自分で考える、それでも分からなかったら友達や親に聞く。日常生活のなかでもこうした習慣をつけることで、自主性が芽生え、サッカー選手としてさらに成長ができるのです。

サッカーは監督からこまかくサインや指示が出されることは少なく、試合が始まったら、常に試合状況を判断し、そこで自分はどんなプレーをしたらよいか考える力が必要となります。ときには自分が囮になって、相手のディフェンダーをひきつけ、味方をフリーにさせたりする自己犠牲や協調性が必要なプレーも要求されます。私たちはそうした能力を身につけさせるために、日常生活から日頃の練習まで、自然と自主性が育まれるような環境づくりもトレーニングの一環として位置づけています」

モチベーションが下がったら、再び夢中になれる心のケアをする。

モチベーション

自主性を育むのもトレーニングの一環とするなかで、それでも選手たちは多感な時期の中学生。自分だけでは解決できずに落ち込んだり、腐ったりする子もいることだろう。そんなときの心のケアもトレーナーの大事な役割になっているという。

「彼らの最大の関心事は、自分がチームのレギュラーになること。その一歩手前の子は、常に前向きでがんばりますが、以前レギュラーでいまは外れてしまった子の心の痛手はとても大きいものです。練習にも身が入らなくなり、ちょっと気が抜けたようなときにケガもしがちになります。こんなモチベーションが下がってしまった選手には、夢を持って入部してきた最初の状態に戻してあげる努力をします。まず、いまの状態を自分なりに理解させること。自分が得意なことは何か。ドリブルなのか、パスワークなのか。また自分が足りない部分は何か。スピードなのか、体力なのか。それを一緒に分析し、改善点を見つけるのです。そして再び目標を与えてあげることで、選手たちはやる気を取り戻します。トレーナーは、ケガや体調の状態をコーチや監督に報告するだけでなく、こうした心のケアの問題もチームスタッフとして連携しながら解決するようにしています。」そうした手厚い支援もあり、ジュニアユースチームは、全国のクラブユース最強を決める「日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会」出場を果たした。

昨年は東京ヴェルディのジュニアユースから11人のユース選手が生まれた。そのユース選手からトップチームに6人も昇格している。近い将来、ここから日本代表選手が生まれ、やがて海外のトップチームで活躍する雄姿を見ることができたら。そんな日が来るのを楽しみに、北山氏は今日も54名の中学生と向き合っている。

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