人を元気にするコツは、相手を主役にしてあげることです。


世界的なクラウンとして、自らショーの演出、企画、パフォーマンスを行いながら、日本全国で講演活動も精力的にこなす。こんな多忙な中でも彼は、ホスピタル・クラウンというもう1つの顔を持つ。病院での闘病生活を余儀なくされている子どもたちを元気にする仕事だ。ホスピタル・クラウンの仕事を通して、彼が語るのはコミュニケーションの本質だ。どうすれば相手と仲良く出来るのか。どうすれば自分に向いてくれるのか。治療家にとっても欠かせない”人の心に通じるコミュニケーション”の極意を伺った。

ホスピタル・クラウンとは、一流のクラウンの証となるもう一つの使命ある仕事だ。

クラウンとはサーカスでおなじみの道化師のことだ。日本で有名なピエロとは道化師の一つの役名をさし、広い意味でクラウンの中に含まれる。クラウンKこと大棟耕介氏は、2003年に世界中のクラウンがその腕を競う大会であるフロリダのWCAコンペで銀メダルを獲得した世界的なクラウンだ。大棟氏は、すでに1995年にクラウンだけのパフォーマンスチーム「プレジャーB」を設立、1998年には㈲プレジャー企画を立ち上げ、代表取締役に就任。後進の指導、育成を精力的に行い、遊園地や結婚式場、舞台公演などで活躍している。さらにクラウンとしての経験を活かした講演活動で日本全国を飛びまわっている。  こうして超多忙な毎日を送る大棟氏にはもう一つの顔がある。それがホスピタル・クラウンだ。ホスピタル・クラウンとは病院で病と闘っている子どもたちに笑顔を届けるという仕事だ。80年代アメリカで始まり、一流のクラウンがこの運動に参加し、クラウンの社会貢献活動として多くの市民から理解と称賛を得た。大棟氏自身もアメリカの病院で体験し、その意義と効果を体感した。帰国後、これをぜひ日本で広めたいと思ったという。そしてそれは自分にしかできないという強い使命感を持って、日本で初めてのホスピタル・クラウンの活動を2004年からスタートさせた。以来、どんなに本業が忙しくなっても大棟氏は病院を回り、子どもたちを元気にする仕事を今もなお続けている。

ホスピタル・クラウンは「ゼロ円」の仕事。

 「今、全国50カ所の各病院に、月に1回から2回、定期的に訪問しています。僕にとってこの仕事はボランティアではなく、出演料ゼロ円の仕事だと思い続けています。ボランティアだと思っていたら、どうしてもこちらに甘えが出てしまう。出演料はゼロ円でもきちんとした仕事として捉えないと本当の意味で子どもたちと向き合えません。僕らは真剣に子どもたちに笑顔を届けたい。そのためにクラウンとしてのあらゆる技を使い、いつでも全力投球で行なっています。  その前提としてパフォーマンスの技術は完璧であること。たとえば風船を使って犬をつくるパフォーマンスがありますが、風船を膨らませたり、ひねったりしながら、僕は周りの子どもたちを観察します。元気がない子はいないか。さびしそうな子はいないか。目は周りを見ていますが、手は勝手に動いて100%の芸をしている。次の瞬間には元気のなさそうな子の前に風船の犬を差し出し笑顔にする。芸に対して余裕がないと、こういうタイミングのいいパフォーマンスはできません。技術は独りよがりで見せるものではなく、コミュニケーションのツールとして磨いていくものだと思いますね。 治療家の方々もそうではないでしょうか。技術が完璧にできてはじめて患者さまを観察する余裕が生まれるわけです。また、子どもが100人いれば100通りの反応があるので、それに対応するためにはデスクワークを徹底します。人前で何かをするためには、人知れずその何倍も努力をしなければならないということですね」

次につながる余韻を残し、子どもとの関係を継続的なものに。

 「子どもたちは、たまたま病気になり入院させられています。けっして誰も望んでそこに来たわけではありません。いわば選択肢のない世界で生きているわけです。こうした子どもたちとコミュニケーションをとるには、できるだけ彼らに選択権を与えてやるのがコツです。  キミならどっちがいいかな? あなたならどう選ぶ? というように選択の自由がどんどん広がるようにします。さらに相手を主役にして自分を主張しないことですね。一緒に遊んだり、パフォーマンスをしたりするときも、子どもたちに何かを押し付けてはいけません。彼らが自然と参加したいと思うような場づくりを心がけます。大切なのは心のキャッチボールをすること。芸を見せるだけで終わってしまわないで、彼らがリアクションを起こせるような余地をつくっておくことです。  これはある病院で、4人部屋の子どもたちにカンタンな手品を見せたときのことです。最後にタネを教えてといわれ、ヒントだけを与えて帰りました。そうしたら次にその病院に行ったら、その子たちはあのときの手品をみごとにやってみせてくれたのです。その得意そうな笑顔はとても印象的でしたね。彼らは僕が帰ったあとに、僕のヒントからタネを推理して、自分たちで練習していたということです。こうしたちょっとした約束をしたり宿題を出したりなど、次につながる余韻を残すことは継続的なコミュニケーションにおいてとても大切ですね」

治療家は身体が資本のクラウンにかかせない存在。

クラウンの仕事はケガが絶えない。治療家の手を借りることは多々あり、今では治療家がいることで、はじめて安心して公演に臨めるという。  「僕の上に6人の人間を乗せるという力技をやっていたときです。いつもならバランスをとりながら力をうまく分散させて乗れるのですが、そのときは6人の体重がタイミングよく一点にかかってしまい、私が支えきれずつぶれてしまったのですね。それで膝の靭帯と半月板を思い切り痛めてしまいました。そんな最悪の状態のとき、知り合った先生が佐賀県で治療院をされている方で、私が診てあげるから来なさいといわれ、先生の治療院で膝を治してもらいました。それ以来、九州で仕事があるときは、なるべく佐賀に寄るようにして、定期的に診てもらっていますね。  僕の身体のことを一番知っている先生なので、いろいろなアドバイスや注意をしてくれます。体が資本のビジネスなのでこういう先生がいてくれるのは、本当に頼りになると思っています。  全国をまわるときは、行く先々でマッサージや治療院を探していますよ。実際に行ったり、呼んだりしてみないとその先生が自分に合う治療をしてくれるかどうか分からない。それがいつも不満ですね。自分の足と体でリサーチして、この街ならこの院、呼べるマッサージ師ならこの人と自分なりのデータバンクをこまめにつくっています。もっとインターネット検索などで、その街にどういう先生がいるのか、どんな施術が得意なのかがカンタンに調べられるものがあればとても便利だと思いますけどね。誰かがつくってくれないかなといつも思っています。僕のように全国をまわって仕事をしている人にとって、それはとても価値のある情報になると思いますよ」

相手に合わせて喋らないという選択も1つのコミュニケーション。

 「マッサージをされる方は、僕のヘアスタイルなど、とても気になるようでどんな職業をされているのですか? とかよく話しかけてくる人が多いのですね。僕としては昼間の仕事で360度気のアンテナを張り、神経をすり減らしているのでマッサージを受けているときはもうあまり会話したくないのが本音です。それにマッサージを受けながら、寝るのが僕の至福のときなので、ホテルで受けているときはそのまま寝かせほしいと頼んでおきますね。もちろんお客さんの中には、積極的にコミュニケーションをとられる人もいるのでしょうが…。僕の場合は純粋にマッサージを受けたいという客なので、その辺は臨機応変に対応して欲しいと思いますね。要はお客さんが望むことを察知して、対応すること。話すのもかったるいお客さんは、そっとしておいてやる。これもサービスの一つだと思います」  常に全方位に気を配っているクラウンKこと大棟氏。彼にとっては、マッサージそのものが充分にコミュニケーションとして成立しているということだ。その心地よいひとときを尊重することも、人を癒す仕事の一側面だと教えられた

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